文系修士の就活について③ 研究者への道を就活の文脈で考える

 前回はこちら。この回で終了予定です。

 今回はこれです。

 就活の時に自己分析とか企業分析とかなんだかんだするんだけどそれを研究者になることについてもしてみたよという話です。修士の後どうするか悩んでいる人はやってみましょう。

 就活生のやることをだいたいやる順番に並べてみると、インターン、自己分析、業界研究・企業研究、OB・OG訪問、説明会、webテストやES、面接といった感じでしょうか。この中でwebテストは相当するものがないですし、面接なんかも具体的なことはわからない*1ので厳密に一対一対応で考えていけるわけではないですが、それなりには応用できる部分がありそうだという感じです。ちなみに、インターン(就業体験)は修士課程がまさしく当てはまるのでは?と思います。

 ということで以上の中から「自己分析」「業界研究」「OB・OG訪問」についてどうやれば良いのか見ていきましょう。

自己分析

 何かと軽視されがちですが、自己分析はちゃんとやればかなり役立つはずです。何をやれば良いのか・そもそも自己分析とは何なのか良くわからないと思いますが、マイナビ新卒紹介からそれっぽい言葉を引いてみると「就活における自己分析とは、自分の特徴や長所・短所、価値観を把握・分析することで就活での『強み』を見いだすこと」だそうです(赤字は引用元による)。研究者を目指すに当たって長所は大体みな研究ができることなので、価値観のほうを考えることが大事だと思います。

 価値観について自己分析をするといっても個々人色々だと思いますが、自分が考えたことを簡単に見てみましょう。これは考えておかないといけないかなという内容を2つ、示しておきます。

・やりたいことは何か

 研究をしていくことで好きなことを好きにできることは魅力的ですが、それが諸々を鑑みてもやりたいことなのか?という話です。具体的に考えていきましょう。研究者になりたいなあというのに際して、「研究をして世界の何か(あなたの分野が扱うこと)を明らかにしたい」という気持ちがあると思います。自分は言語学なので「言語とは何か」くらいを置いておきます(もちろんもっとちゃんとした言い方をしないといけないところですが簡単のためにここではこの言い方に留めておきます)。それに対して、自分が興味を持てる他の労働、自分の場合にはエンジニアを見つけることができたので、比べるべき生き方として「最新技術を習得しながら、世の中を良くする製品を作っていきたい」が現れてきます。2つを並べてみましょう。

  1. 研究をして言語とは何かを明らかにしたい。
  2. 最新技術を習得しながら、世の中を良くする製品を作っていきたい。

前回書いたように自分の背景からITにも興味があったために2にも興味はありました。ただし、研究をしたいと思って研究の世界に飛び込んでいるのだから、これだけでは1が勝ちます。

 他の要素を考えてみると、1の中には「(社会の理不尽さは避けて)」といったものが隠れている*2ことに気が付きます。ここで言う「社会の理不尽さ」とは「スーツで満員電車に揺られて出社し、効率の悪いやり方で好きでもない仕事をやる」といったくらいのことだと理解しておいてください。社会に出るのはこれを満たせないために嫌だなあと思うわけですが、自分がやっても良いかなと思った労働は(運よく)これを満たしている(避けられる)ため、上の条件は以下のように変わります。

  1. (社会の理不尽さは避けて)研究をして言語とは何かを明らかにしたい。
  2. (社会の理不尽さは避けて)最新技術を習得しながら、世の中を良くする製品を作っていきたい。

足したものは同じなので、優先度は変わらずに1が勝つわけですが、ここでもう一つ重要な条件を付け加えてみましょう。

  1. (将来への不安が付きまとうことになるが)(社会の理不尽さは避けて)研究をして言語とは何かを明らかにしたい。
  2. (将来への心配をせずに)(社会の理不尽さは避けて)最新技術を習得しながら、世の中を良くする製品を作っていきたい。

こうなると、もう個人的には2の勝ちです。ここでは超簡易的にやりましたが、実際にやる場合にはもっと色々な選択肢を考えながら、もっと色々な面を考慮してやってください。大事なことは価値観・やりたいこと・思いを洗い出した上でそれを的確に切り分け、何は譲れなくて何は捨てられるのかを考えることだと思います(自分の例でいえば、学問はとてもやりたいことの一つではあるけれどもそれが何に変えてもやりたい・それしかないものではないということに気が付いたということです)。

・そのやりたいことをできるのか

 業界研究寄りになりますが、上で考えたことは今の人生の先にあるのか?という話です。言い方を変えると、自分の人生の選択肢をいろいろ考えた上で自分はどうしても研究をやりたいんだと思ったときに、果たしてそのやりたいことは今のまま進んでいってできるの?ということです。最近は大学のお金が削られていって雑用が増えて研究を思うようにできないよということをよく聞きますが、要はそのことです。例えば実習地へ送迎したりとか、学生の生活相談を受けて保護者に学生の状況を電話で伝えたり、授業料未納の連絡したりとか、そういったことも(大学によっては)やることがあるらしいです。上で分析した「自分のやりたいこと」と、次に扱う「業界研究」を組み合わせて自分がやりたいことをできるのか考えておきましょう。ちなみにこれはあくまで確率の話で、予算が潤沢で学生の質が高い大学に職を得られるとか、国が方針を変えて高等教育にじゃぶじゃぶ金をつぎ込み始めたとかなれば解決する話です。要はリスクとリターンをどうとっていくかの話なので上手いことやっていってください。

業界研究

 就活するときに、この分野はこれから伸びるなーとかこの業種はこれから消えてくなーみたいなことや、この業界ではこういう風でキャリアを積んでいくんだなーといったこと、こういうことをやっている業界なら自分のこういった面を活かせるなーといったことを考えるように、研究職についても調べて考えましょうということです。上場企業だったらIR情報(株主向けに売上詳細とかこれからの展望とかを説明するやつ)*3があって便利なのですが研究の世界だとそれがないので難しいです。ということで頑張っていろいろ調べましょう。例えば、JREC-INで自分の分野に関してどんな仕事があるのか調べるとか*4*5、高等教育についてどのような政策が行われてきて、これからどうしようとしているのか調べるとか。ポスドク一万人計画とその後の展開はアツいですよ。そもそも、この記事のメインのターゲットである人(就職しようか悩んでいるM1、院進を考えている学部生)は博士を得た後にどういう流れて任期なしの職へと繋がっていくのかということを知らない人も多いと思うので、どういう職があってどこから金が出ているのか調べておきましょう。ぱっと思いつくのは学振PD、助教、非常勤講師、科研費による雇用あたりですが多分他にもあると思います。別に既存のやつだけではなくYouTuberやフリーランスのライター・イベンター的なやつになって稼ぎながら研究してもいいんですよ。学振PDとかは採択率とかも出ているので見ておきましょう。ついでに次に書く「OB・OG訪問」の真似事で具体的なイメージも掴んでおきましょう。

OB・OG訪問

 就活におけるOB・OG訪問とは、社会人として働いているサークルやゼミの先輩等に働いている企業のことについて話を聞きに行くことです。縁のある人に踏み込んだ話、普通の説明会では聞きにくい話を聞く機会みたいな感じです。院生は常にそういった人に会ってはいるのである意味ではできているけど、まあでもそういう話はなかなかできないよねということが問題となるわけです。そこで便利なものがこちら。経歴を学部卒業(修士課程入学)くらいから書いている人がいるのでそれを22歳くらいと考えると博士を取るのに何年くらいかかって*6何年くらいポスドクやって何歳くらいでどういうポストに就いたのかがわかります*7。見る対象として良いのは、自分のところの10~15年前の紀要に書いている当時の院生とか、自分が出すような学会で10~15年前に発表した当時の院生といったところでしょうか。コツとしては、今研究の世界にいる人の名前だけを調べても生存者バイアスで上手いこといった人の情報しか入ってこないので何とかしてそれを回避しましょうという感じです。

 わざわざこんなことをしても不確実な情報しか得られないので全く最善の方法ではないのですが、情報がないよりもマシというのと、覚悟を決めるにはこれでも十分かなというのと、「給与額を聞いたら内定取り消された」みたいな世界ではより良い方法で研究者のキャリアに関する情報を得られないので仕方ないよねということです。直接聞ける神経の図太い人は周りの人に直接聞いてください。

 

 以上まとめると、自分のキャリアプランを考えて、リスクを理解したうえでどの程度リスクを取ることができるのかを考えましょうということです。結局のところは大学で任期なしの仕事に就けない可能性はどれくらいで、その場合の人生に納得ができるのかというお話です。実家が太いとか配偶(予定)者がいっぱい稼いでくるとか教員免許取ったからそれで生きていく*8とかだと話は変わってきますね。また、数年後・十数年後には直接業務には関係ない(数学や統計解析以外の)博士・ポスドク経験が評価されるような社会になってたり、超長寿社会に合わせて30半ばのキャリアチェンジが当然になっている可能性もありますが、そこの予想も含めてのリスク管理です。社会は大変ですね。

 40半ばで非常勤雇い止めを食らい絶望の中で火を放つことがないよう(先人の反省を活かして)、頑張っていきましょう。

*1:すごい倍率な上に内定が書類で示されなくてヤバいということはなんとなく流れてきますよね。正直就活なんかより何十倍も辛そう。

*2:批判されそうなやつですが誤魔化してもしょうがないことなので、また実際みんなこの気持ちあるでしょ?ということでちゃんと書いておきます。

*3:IR情報が役に立つのは主に企業研究ですが、同じ業界のIRを並べて読むと業界研究にも繋がるのでここで言及しておきます。ちなみに研究職的には各大学がある意味では各企業に相当すると思いますが、そこにはほとんど選択権がないのでここでは業界研究と企業研究はだいたい同じものだと思って良いのではないのでしょうか。

*4:言語学で調べると多くが英語でそこそこ日本語教育でという感じでそれはそうだけどそうかーという感じがします。時期によって色々違うと思うので時々見てみてください。また、大学に直接求人が届いていたり他にルートがあったりでもちろんこれが全てではないはずです。

*5:改めて見てみると、言語学は英語・日本語教育がいっぱいあるので件数が多いですが、他の人文系は全然ないんですね。どうやって食いつないでいるんでしょう。

*6:何年かけて博士を取るかというのもどんどん仕組みが変わっているようなのでそこの判断も必要です。

*7:任期ありなのか任期なしなのかがわからないのであくまで参考ですが

*8:自分も教育に興味があったので人生の道の可能性の一つとして免許を取りましたが、自分は教育のあり方については興味があるけど実際に指導することをやりたいのではないんだなあと気がついてその道を選択肢から外しました。教育をできる人は本当にすごいと思います。あとそっちはそっちで色々とアレな世界なのでそれについてもちゃんと調べておきましょう。